汗牛足vol.15 チェンジング・ブルー、必読のノンフィクション

読書

「汗牛足」はボクが大学生の時に発行していた本の紹介メルマガである。基本的に当時の原文のままなので誤りや内容面で古いところがあるかもしれないが、マジメ系(?)大学生の書き物としてはそれなりに面白いものになっていると思う。これを読んだ人に少しでも本に興味を持ってもらえたら望外の喜びというものだ。


汗牛足(かんぎゅうそく)vol.15 (2017.5.13発行)


◆高校科学といえば、物理、化学、生物、地学の4科目ありましたが、大学入試には多くの場合地学が不要なこともあって、高校で地学を履修した人はほとんどいないのではないでしょうか。ぼくもその例にもれない、というより高校で地学が開講されてなかったので選択の余地もなかったのですが、そのために地学に関する知識量は中学生のころを頂点として以来、単調減少してきた感がないでもなかったです。

■大河内直彦(2008,2015)『チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る』岩波現代文庫

この本は地学の中でも気候やかつての地球の様子について書かれているものですが、いやはや、その話題の面白さにすっかり引き込まれてしまいました。著者は気候変動の歴史を学ぶ学生のための副読本としてこの本を作ったらしいのですが、一般人が読んでも相当に面白い。成毛眞という実業家でノンフィクションを紹介している人がいるのですが、その人が絶賛して知られるようになり、文庫にまでなったという本。かく言うぼく自身、成毛さんの『面白い本』(岩波新書)という本でこの本を知った一人です。

この本が素晴らしいのは、気候変動の歴史を淡々と記しているのではなく、その気候変動の歴史がいかに解明されたのか、それを解明した人々のドラマを交えつつ、平易かつ好奇心をくすぐる記述をしていることでしょう。読んでいてどんどん引き込まれていく面白さがありました。また、図表や注がとても充実していて、しかも人名索引に加えて事項索引までついていて、さらに学びたい人のための読書案内まであるという、安易な入門書、解説書の類ではおよそ期待できない要素がそろっているのです。著者は作家ではなく研究者なので、学術的な立場を守ったのもうなずけますが、それにしても研究の合間にこの本を書いたというのはすごいですね。

しかし何といっても本書の内容は驚きの連続です。たとえばスカンディナビア半島付近ではバルト海北部を中心として、地殻が隆起しているそうで、中心部では年間10センチも隆起しているというのです!(フィンランドやスウェーデンでは年間3ミリメートル以上隆起しているところが大半みたいですね。)北欧地域では地震や火山などは地殻変動のほとんどないのにどうしてこんなことが起きるのか。じつはこれこそが、かつてここに巨大な氷床があった証拠だといいます。その氷床の中央部は、厚さが3キロメートルほどあったらしく、つまり1平方メートルあたり2700トンの重さがその土地にかかっていた計算になるそうです。こんなに重いと地殻がマントルの中にめり込んでいくわけですね。ところがこの重い氷床が、2万年ほど前からわずか数千年で融けてなくなってしまったらしく、反動で地殻が隆起している、という仕組みらしいです。

他にも海底堆積物に含まれる炭酸カルシウムの酸素同位体比が「古水温計」として数十万年前までの海水の温度を知るのに使える、という話や、地球の軌道は正確には楕円形で、現在北半球の冬のさなかに太陽に最も近づくようになっているが、1万年後には夏に最も近づくようになる、という話、他にも放射線炭素年代法の開発でノーベル賞を受賞したウィラード・リビーという人の偉業の裏には、(原爆開発に成功した)マンハッタン計画で得た知識と技術、そして人脈があった、という話など、興味の種が尽きません。そして何より気候変動のメカニズムがどのように考えられているかがおおよそわかるのですから、ほんとうにお得な本でした。

ただ、元の本は少し古いので最近ホットな(?)福井県の水月湖の話題は出ていません。水月湖には毎年泥が薄くたまっているのですが、これが何万年分も堆積していて、世界でもほとんど類例のない絶好の試料になっています。これによって大気中の炭素14の濃度が過去5万年までわかるようになり、2012年に世界標準として認定されました。放射性炭素年代法の応用が5万年前までより正確にできるようになったのですからすごいものです。詳しくは

■中川毅(2017)『人類と気候の10万年史』講談社ブルーバックス

が参考になります。

◆あとがき

はじめの方で少し触れた成毛眞さんはノンフィクション専門の書評サイトHONZを主宰しているのでよければ:

HONZ
読みたい本が、きっと見つかる!

紹介した『チェンジング・ブルー』の記事もあります(文庫本の解説と同じもの)、本の内容についてもある程度まとめられているので興味ある方は是非:

『チェンジング・ブルー』文庫解説 by 成毛 眞 - HONZ
『チェンジング・ブルー』文庫解説 by 成毛 眞 HONZ

成毛氏の新書『面白い本』は100冊のノンフィクションを紹介した本ですが、なるほど面白そうだと思って2年以上経ちましたがほとんど読めてないです……。

「一見無駄な、極端な知識を得ることで、自分が世界のどこに位置しているかはわかるようになる。それはつまり、人間の壮大な知の営みの中に、自分を位置づけられるということだ」と書かれていますがホントその通りだな、と思います。一生の間に自分が知ることができることは所詮ほんの少しなのですから、専門分野に特化するのは必要なことではありますが、それと並行して「世界の中に自分を位置づけるということ」は必要だとぼくは思いますし、そこに魅力を感じますね。

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